乙女ゲームの最強キャラたちが私に執着する【１７４話】ネタバレ

「ダリア。」

「……」

「ダリア？」

「……」

「世界で一番美しい……」

「ぎゃっ！」

その瞬間、ダリアは我慢できずにセドリックの口を塞いだ。

そして、じとっとした怒りの表情で彼を見つめた。

セドリックは迷子の子犬のように、しょんぼりした表情でじっと彼女を見つめたまま、ダリアに口を塞がれたままだった。

それでも彼は彼女を膝の上に座らせたままで、解放するつもりはないようだ。

彼女が身じろぎするたびに、腰をしっかりと抱き寄せ、かすかに漏れる声を上げた。

しかし、ダリアの怒りは簡単に収まるものではなかった。

彼がこんなことをしでかしたことを考えると、怒りは二倍、三倍にも膨れ上がる。

本当なら、もっと怒り続けたいのに、セドリックはこのまま放っておくと、本当にまずいことになりそうだと感じたのか、ひたすらダリアにしがみついていた。

ダリアは声のトーンを少し上げて言った。

「何が悪かったんですか？」

セドリックは彼女の肩に軽く歯を立てた。

そして、まるで言い訳をするように、寂しげな表情で彼女を見つめながら言った。

「俺が……」

「……」

「俺が君のことを忘れてしまっていて、ごめん。」

その言葉を聞いた瞬間、ダリアの涙がこぼれそうになった。

彼女の睫毛が震えながら伏せられるのを見て、驚いたセドリックはすぐに彼女の頬を包み込み、両目に優しく口づけた。

ダリアはもう堪えきれずに、彼の首にしがみついて泣きじゃくった。

「本当に嫌い。死にそうなくらい嫌い……。」

「ごめん、ごめん……。」

時間は今から1ヶ月前へと遡っていく。

・

・

・

ダリアはもう心配することは何もないと思った。

アセラスとの最後の事件も終わり、10日が経った後、セドリックが目を覚ました。

感動的な余韻もあった。

もう解決すべき問題は何一つなく、これからはセドリックとの楽しい恋愛を満喫すればいいだけ！

他の人たちとも毎日遊びながら、3年間の人生を楽しもう。

そう思っていたのに……

「え？」

ダリアは呆然としながら聞き返した。

皇宮の医師は、どう説明すればいいのかわからない表情をしながら、手に持ったハンカチで汗を拭っていた。

「……私、聞き間違えたんじゃないですよね？」

「本当に申し訳ないのですが…… いいえ、聞き間違えではありません。」

希望という名の幻想が一瞬で崩れ落ちた。

絶望。

ダリアは叫び出したくなった。

『なんで私だけこんなに世の中が過酷なのよ！』

しかし、この現実を直視しないわけにはいかなかった。

結局、ダリアは苦しそうに口を開いた。

「つまり、セドリック様が…… 記憶喪失だということですか？」

医師は深くうなずいた。

ダリアは自分の襟元をぎゅっと掴み、その場に倒れ込みそうになった。

セドリックが最初に目を覚ました日、

彼はダリアの顔を確認すると、すぐにまた眠りについてしまった。

ダリアはただ、寝ている彼を見つめながら、ぼんやりとしたまま家に帰った。

次の日の朝、セドリックは正常に目を覚ました。

そして、驚いて駆けつけた皇帝と皇后を見るなり、こう言った。

「そんなに慌てることではないのでは？」

どこか落ち着かない言い方に、神経質な態度。

そして、何より――自分の息子の異変には誰よりも敏感な皇后が、すぐに違和感を察知した。

『息子の様子がおかしい……！』

彼は、ダリアが知るセドリックとはまるで違っていた。

しかし、どこかで見覚えのある雰囲気だった。

具体的に言えば、まるでダリアと出会う前のセドリックのようだった。

「息子よ、お前……何かあったのか？」

「何かあったと言うほどのことがありますか？」

セドリックは眉をひそめて反問した。

彼はゆっくりと毛布を払い、体を起こした。

床に足をつけると、久しぶりに起きたせいか、少しの間まぶたを擦った。

「アセラスも捕らえたし、帝国の敵も消えた。もう心配することは何もないですね。」

『そう言うってことは、記憶は完全に飛んでいない……？』

皇帝と皇后は不安げな視線を交わした。

二人とも、セドリックがかつてどれほど冷淡で鋭い性格だったかを改めて思い出していた。

だが問題は、なぜしばらく優しかった彼が再び以前の性格に戻ったのか……だった。

皇后が慎重に口を開いた。

「ダリアが途中で訪ねてきたそうよ。もし、お前の調子が悪くないのなら……」

「ダリア？」

セドリックは怪訝な表情を浮かべた。

まるで、初めて聞く名前であるかのように。

「それは誰ですか？」

その瞬間、皇帝と皇后はついに「本当に問題だ」と気づいた。

彼らは急いで宮廷医を呼び、セドリックを診察させた。

セドリックは特に協力的ではなかったが、それでも大人しく診察を受けた。

しかし、なぜ自分がこんな大げさに扱われるのか、理解できない様子で苛立っていた。

診察を終えた医師は、緊張した面持ちで説明を始めた。

アセラスとセドリックが異空間に閉じ込められたとき、アセラスは治癒力を最大限に使い、ほぼ爆発の直前まで力を消費していた。

その時の衝撃が、特殊な形で影響を及ぼしているようだ。

「もちろん、永続的なものではないと思われます。目覚めた直後でもペステローズの言語を認識していたのですから。」

「では、記憶はいつ戻るのでしょうか？」

皇后が医師を問い詰めた。

医師は深く頭を下げた。

「非常に珍しいケースであり、資料によれば時間が解決する可能性が高いとしか……」

皇帝はこめかみを押さえながら言った。

「もし魂が消耗しているせいなら、我々には魂を安定させる力がある。それでは回復しないのか？」

「よくわかりません。しかし、魂の消耗とは関係がないと思われます。ただ単に衝撃による余波かと推測されます。」

「はぁ……」

皇帝は深いため息をついた。

ダリアと出会う前のあの性格の悪さを思い出すだけで腹が立つのに、その上 彼女を忘れてしまった というのか。

皇帝も皇后も、ダリアがどれほどセドリックのために尽力したかを知っている。

さらに、セドリックの言葉は彼らの怒りを一層煽った。

「ダリア・ペステローズ。ご存じありませんか？ ヒーカンの妹です。」

「顔を一度も見たことがありません。私が覚えていなければならないのですか？」

皇后は深い忍耐心を持っていたが、その言葉には耐えられなかった。

彼女はついに怒りを爆発させた。

「お前が愛した子だぞ！恋人を忘れるだけでなく、どうしてそんなに冷たいの！」

セドリックは皇后が怒ることが珍しいのか、少し驚いた表情を浮かべた。

しかし、すぐに元の冷淡な態度に戻り、淡々と言い放った。

「だからと言って、記憶にない人と恋人関係を続けることはできません。」

「………」

「その方には申し訳ありませんが、なかったことにするのが良いかと。」

その言葉にショックを受けた皇后は、額に手を当てながら後ろへ倒れそうになった。

皇帝は彼女を支えながら、怒りを抑えきれずセドリックに向かって叫んだ。

「セドリック、お前は愚か者だ！しばらくここに軟禁しておけ！」

セドリックは困惑した表情を浮かべたが、繰り返しはしなかった。

どうせ彼が惜しむことは何もなかったのだから。

「自分なりに国を救った功臣なのに、ずいぶん冷たい扱いだ。」

セドリックは理由もなく自分に怒りをぶつけてくる人々を思い浮かべながら、軽くため息をついた。

ダリア・ペステローズ。

他の記憶はすべて残っているのに、なぜかその名前だけが記憶の奥底からきれいに消えていた。

けれど、どこか聞き覚えのある名前だった。

「ここに幽閉されて礼拝にも行かず、誰にも会わずに済むならむしろ好都合だ。」

セドリックは淡々と考えた。

・

・

・

その知らせを聞いたダリアの心境はまったく違っていた。

「記憶喪失ですって？」

ダリアは医師を目の前にして、一瞬言葉を失った。

一緒にいた皇帝と皇后も、この状況に唖然としていた。

何を言えばいいのか分からなかった。

「時間が経てば自然に戻るでしょう。」

医師が言った。

ヒーカンはダリアの背後の窓際に立ち、黙って腕を組んでいた。

彼の顔には、一瞬にしてさまざまな思考がよぎった。

正直なところ、これは良いことなのか悪いことなのかを考えていた。

とはいえ、彼も怒りを抑えきれなかった。

まるで世界を失ったかのような表情を浮かべるダリアを見ていると、そこに呆然と立っている男を殴りたくなる衝動を抑えるのが大変だった。