こんにちは、ちゃむです。
「悪役に仕立てあげられた令嬢は財力を隠す」を紹介させていただきます。
ネタバレ満載の紹介となっております。
漫画のネタバレを読みたくない方は、ブラウザバックを推奨しております。
又、登場人物に違いが生じる場合がございますので、あらかじめお詫びさせていただきます。
53話 ネタバレ
登場人物に違いが生じる場合がございますので、あらかじめお詫びさせていただきます。
- 狩猟大会③
ついに本格的に狩猟大会が始まった。
あれほど荘厳に準備されていた大会が始まったというのに、ビエイラ公爵令息の姿は会場に見当たらなかった。
『……今のは何?どうしてエノク皇太子殿下がハンカチを受け取っていったの?』
エノク皇太子があの瞬間、あの場に割って入るなんて、誰も想像していなかった。
まるでビエイラ令息を敵と見なしているかのように、鋭く光ったあの眼差し。
――いや、違う。
まるで「触れてはいけないものに触れてしまった」とでも言うような、そんな複雑な光を宿していた。
けれど、その後の彼の表情は驚くほど穏やかだった。
あの一瞬の優しさが、ユリアの記憶に深く刻まれている。
(あんな柔らかい目で見られたの、初めてかもしれない……)
思い返すたび、胸の奥がざわめく。
あれほど明確に態度を変えるなんて、普通ではありえない。
――まるで、自分に特別な感情でもあるかのように。
(……いや、そんなわけない。あの方が私なんかに)
彼女は自分に言い聞かせるように首を振った。
(どうせ、最近少し評判が上がったから目についただけ。そうよ、きっとそう)
それでも、心のどこかで彼の視線を思い出すたびに、頬がじんわりと熱を帯びてしまうのを止められなかった。
もしもあの場に、公爵家の令嬢エレナや聡明なリリカがいたなら――エノク皇太子の隣に立っていたのは、自分ではなかったはずだ。
(……そうよ、あの方が私なんかに本気になるはずない)
そう言い聞かせながらも、ユリアの胸の奥では“もしや”という淡い期待が、どうしても消えずに残っていた。
『聞くところによると、ビビアン皇女が熱心に世話を焼いてくれているらしいけど……感謝してるから、そうしてくれているんだろうね。』
しかし、そのとき見た彼の眼差しが、胸の奥に引っかかった。
どうしてエノク皇太子が、それまでまったく接点もなかったユリアに手巾(ハンカチ)を求めたのだろう?
計画とは違う方向へと事態が動き始め、場の空気に混乱が広がっていく。
もしエノク皇太子がユリアの手巾を受け取るとわかっていたなら、今回の計画は最初から立てなかったはず……。
『いや、そうだよ。皇太子は狩猟大会で目立った活躍をしたことなんて一度もないじゃない。』
ビエイラ公爵令息が油断してエノク皇太子の参加を気に留めなかったのも無理はなかった。
過去の狩猟大会を振り返ってみても、エノク皇太子はせいぜい、老婦人がたまたま狩猟大会に見学に来たときに、形式的に猟の獲物を献上する程度だったのだから。
――それに、もし違うのなら。
彼はそもそも狩猟大会などに出なかったはずだ。
狩猟で獲物を仕留めれば、それは必ず誰かのために捧げなければならない。
つまり、誰かを選ぶということだ。
(……変わるわけじゃない。むしろ、これで良かったのかもしれない)
すでにエノク皇太子は、この“盤”に乗ってしまっていた。
今さら撤回することも、無かったことにすることもできない。
どうせ賭けるなら、大きな盤で勝つ方がいい。
どうせやるなら――堂々と勝ってみせる。
(この場で優勝すれば、より鮮烈な印象を残せる)
狩猟大会で一位を取る。
それだけで、彼の名も、彼の行動も、そして“ユリアの名”も輝くだろう。
(まずは……勝つ。それがすべての始まりだ)
彼はそう心の中でつぶやいた。
――勝利を手にすれば、ユリアも自分を見直すだろう。
彼女を守ると宣言した自分の姿が、決して気まぐれではなかったことを、きっと理解してくれるはずだ。
彼は静かに拳を握りしめ、目を閉じた。
遠くで風が葉を揺らし、狩猟大会の号砲が鳴り響く――。
先ほどは関心がないふうを装っていたが……実際には、むしろエノク皇太子に心を乱されているようだった。
だが――もし自分がエノク皇太子を相手にするとしたら、それは一大事だ!
『狩猟と剣術は少し勝手が違う。しかも、エノク皇太子は魔法まで習得した万能タイプだ。』
エノク皇太子の実力は、剣士と魔法使いの双方からも一目置かれていた。
だが、ビエイラ公爵令息はその事実をあえて無視し、堂々と挑戦者として名乗りを上げた。
一方、地方の領地に下っている間に狩猟に力を入れてきた自分には自信があった。
誰が何と言おうと、自分は決して劣ってはいない。いつかこの日のような機会が訪れると信じていたのだ。
そしてすでに、最大のライバルであるプリムローズ侯爵には手を打ってある。
プリムローズ小公爵は、社交界の中でもどこか浮いた存在だった。
その几帳面で融通の利かない性格のせいだろう。
妹のユリアがあまりに愛らしく柔らかいため、余計にその堅苦しさが際立つ。
彼の地位や家柄を考えれば、社交界の「花」と呼ばれるリリカ以外、誰とも釣り合わないと評されるほどだ。
(まぁ、扱いやすい分には良かったけれど)
そう思いながらも、ビエイラは彼の姿を思い浮かべて小さくため息をついた。
昨日の晩、彼に「ユリアを頼む」と言われ、仕方なく引き受けたものの――どうやら夜更けまで酒をあおり続けていたらしい。
そのせいか、今朝のプリムローズは見るからに疲弊していた。
まだ酔いが抜けきっていないのか、顔色は悪く、頭を押さえて何度もため息をついていた。
(まぁ、あの性格じゃ神殿で酔いを覚ますなんて頼むこともできないだろう)
神殿に行く時間すら惜しんで、狩猟大会に間に合わせたのはむしろ奇跡だ。
それだけでも、彼の“義務感”の強さを物語っていた。
『じっとしているだけでも吐きそうなのに……馬に乗って狩り?そんなの、できるはずがない。』
改めて自分の計画を思い返すと、自信がみなぎってきた。
「いけっ!」
ビエイラ公爵令息は力強く馬腹を蹴って駆けだした。
全てが順調に進む――そう思えた、その時までは。
「……え?」
その自信が揺らぐのに、時間はほとんどかからなかった。
自分が狙っていた獲物を、目の前でエノク皇太子があっさりと仕留めてしまったのだ。
その光景に、ビエイラは衝撃を受けた。
狩りを終えたエノク皇太子が、余裕たっぷりにこちらを振り返る――。
「……遅れたか」
プリムローズは苦笑を浮かべ、こみ上げる焦りをどうにか押し殺した。
「……狩りで遅れを取るなど、恥を晒すようなものだな」
そう呟いた矢先だった。
木立の奥からかすかな物音がした。
彼は反射的に身を低くし、手早く弓を構える。
(……!)
葉の陰をそっと覗き込むと、そこにいたのは――小柄な青い毛並みの獣だった。
あまりにも小さく、可愛らしいその姿に、一瞬だけ拍子抜けする。
狩猟大会に持ち帰れば、称賛どころか笑い者にされるだろう。
「そんな小動物まで捕まえるのか?」と。
だが、なぜかそのとき、脳裏をよぎったのはユリアの姿だった。
あの慎ましい笑顔、柔らかな声――そして、どこか孤独を帯びた瞳。
(……もしかして、皇太子殿下はこれを知って……)
唇を引き結んだ彼は、弓を下ろした。
矢尻がわずかに震え、彼の息が静かに森へと溶けていく。
(誰も見ていない。けれど、この選択が――試されている気がする)
ビエイラ公爵令息は、自分の背後からエノク皇太子の嘲るような笑い声が聞こえた気がした。
「狩りの実力、なかなかのものだな。しっかり覚えておこう。」
ビエイラは、どこまでも響きそうなその声に、聞こえるか聞こえないかくらいの小さな不満をこぼした。
とはいえ、盤石な位置にいる皇太子に対して、大っぴらに不満をぶつけるほどの度胸はなかった。
『まだ狩猟大会の序盤じゃないか。』
そうだ、鹿を一頭仕留めたくらいで得意になるなんて――。
『初心者だから体力配分も考えずに、あんなふうにがむしゃらになるんだ。』
エノク皇太子……最近は執務ばかりしていて、ろくに体を動かしていないだろう。
戦争で功績を上げたとはいえ、それだって本当に本人の功績なのか?
「……まさか、皇太子が彼に手柄を譲ったのでは?」
ビエイラは半ば呆れたように思った。
皇太子が戦場に出ることなど滅多にない。
まして、その武勇をこの目で見た者は誰一人としていなかったのだ。
(だから皆、彼を“飾り”だと侮っていた)
そう考えた瞬間――。
「うわっ!」
間の抜けた声が漏れた。
視界の端で閃光のように何かが走ったかと思えば、獲物が弾かれたように倒れ、その直後、矢が風を切る音が耳を貫いた。
(……え?)
気がつけば、ビエイラの狩物はまたしてもエノク皇太子によって仕留められていた。
(なんだあの人……わざと俺を狙ってるのか?)
一匹。
二匹。
三匹――
数える間もなく、皇太子の弓は次々と獲物を射抜いていく。
あまりの正確さに、もはや数えることすら無意味だった。
思わず息を呑む。
胸の奥で、これまで感じたことのない感情が膨らんでいった。
(……まさか、本当に……あの人が“本物”だというのか?)
今回の狩猟大会に参加したのは、遊び半分ではなかった。
ただの名誉欲や気まぐれでもない。
彼は本当に実力があり……実績も持っていたのだ。
ビエイラ公爵令息は決して遅れをとったり、無謀な行動をしたりはしなかった。
鋭い感覚を持ち、獲物を発見したときの動き一つ一つが洗練されている。
考えるより先に体が動いていた。
だというのに、それでも……
『なんでこんなに速いんだ……。』
ビエイラは、エノク皇太子に一度も勝てなかった。
彼が狩りをしている間、一度たりとも。
「殿下!狩りの経験もほとんどないのに、無理をなさらないでください……!」
少し焦った口調で、ビエイラは思わず声を上げた。
気取ったように余裕を見せながら、ビエイラは軽く笑って忠告めいたことを口にした。
「殿下、あまり焦られては。あの程度の獲物なら――」
しかし返ってきたのは、冷ややかで、鋭く切り込むような声だった。
「黒岩の獅子の前で、そんな鈍い動きをしては何も捕れませんよ。」
その言葉に、空気が一瞬で凍りつく。
ビエイラは思わず息を呑んだ。
「……今、なんと?」
「無理をなさるのは、そちらの方では?」
皇太子の唇が淡く歪んだ。
笑ってはいるが、そこに温度はなかった。
その尊大でありながらも揺るぎない態度に、ビエイラの胸がざらりとした不快感で満たされる。
(あの穏やかで品行方正な皇太子が、こんな言い方を?)
彼は常に温厚で、公平無私な人物として知られていた。
誰かをあざけったり、見下したりするなど一度もなかったはずだ。
――少なくとも、今日までは。
「前回の狩猟大会で優勝したとか……。じゃあ、わざわざ競う必要も感じないだろうな。」
その言葉とともに、エノク皇太子はさらに深い森の奥へと進路を取った。
余裕ぶっていたビエイラの様子を見透かしたように、彼は最後に一言だけ残して行った。
「さて、俺がいなくても、立派な獲物を仕留められるか見せてもらおうじゃないか。」
エノク皇太子の目に、冷ややかな笑みが浮かんだ。
「やはり、俺の婚約者には、いい獲物を与えなきゃな。」
それは嫉妬や敗北感というより、当然のような態度だった。
『さっきの態度もそうだし……本当に、あれがあのエノク皇太子か?』
ふと、過去の記憶が脳裏をよぎる。
ビエイラ公爵令息は、怒りに満ちたユリアを見つめた。
ユリアの手首を掴み、連れ出そうとしたあの瞬間。
突如として現れ、静かに、しかし確固たる力でその腕を制したのが――エノク皇太子だった。
「……ユリア嬢の手を取って行こうとしたところを止めただけだ。そうだろう?」
自分にそう言い聞かせるように、ビエイラは心の中で繰り返した。
あの時はただ、場の混乱を鎮めようとしただけ。
大勢の貴族たちの目の前で無礼を働いた自分の軽率さを、むしろ恥じていた。
(皇太子殿下は紳士的に、危険に晒された令嬢を救っただけのはずだ)
――まさか、ユリアに好意を持っていたとは思えない。
そんなはずがない。
ユリアは自分が見つけ、導き、守るべき存在だったのだから。
あの控えめな笑顔も、不器用な気遣いも――すべて自分だけが理解していたはずなのに。
(駄目だ……)
唇を噛む。
胸の奥で、理性がきしむ音がした。
このままエノク皇太子に負けるわけにはいかなかった。
『必ず、皆が口を揃えて称賛するような獲物を仕留めてみせる。』
エノク皇太子は油断して距離を取った。
今こそ、自分の真の実力を見せるときだ。
『対抗できる実力もないだと?狩猟大会は初参加だと?ふざけるな!』
――その慢心が単なる過信だということを、はっきり思い知らせてやる!
ビエイラ公爵令息は歯を食いしばり、馬を走らせた。
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