こんにちは、ちゃむです。
「できるメイド様」を紹介させていただきます。
ネタバレ満載の紹介となっております。
漫画のネタバレを読みたくない方は、ブラウザバックを推奨しております。
又、登場人物に違いが生じる場合がございますので、あらかじめお詫びさせていただきます。

241話 ネタバレ
登場人物に違いが生じる場合がございますので、あらかじめお詫びさせていただきます。
- エピローグ④
「陛下はお元気にされていらっしゃいますか?」
マリの問いに、キエルハンは一瞬動揺した。
「……?」
それに対し、マリは疑いの表情を浮かべた。
キエルハンは普段通り答えることができず、ぎこちない表情でこう答えた。
「元気でいらっしゃいます。」
「そうですか?」
「はい、ですのでご心配なさらず、首都に到着するまで快適にお過ごしください。」
マリは微笑んで頷いたが、彼が自分を欺こうとしているとは想像もしておらず、そのままやり過ごした。
キエルハンは罪悪感を覚えた。
『本来は陛下を待ってから出発すべきだったのだが。』
彼は心の中でつぶやきながらも馬を進めた。
『このくらいの欲望なら許されるだろう。』
彼が愛する彼女は、今やラエルの恋人である。
だが、今この瞬間だけでも、彼女を独占したいと思った。
『今回だけは許してください、陛下。』
そうして彼は欲望を願った。
一方、その時ラエルは行き止まりの道の先で怒りに満ちた表情を浮かべていた。
「こちらではないのか?」
「……はい、陛下。先ほど前線の使者が来ました。キエルハンの部隊がモリナ国王を無事保護したそうです。モリナ国王を守り、先に首都へ向かうと申しております。」
ラエルは拳を握り締めた。自分が向かうべき道が正しいと確信し、一刻も早く彼女を救うために全力で突き進んだ。
そのため、逆方向に少しでも進んでしまったのだ。
今から引き返したとしても、彼女が首都に到着する前に追いつけるかは疑問だった。
「……陛下。」
アルモンドは切なげな眼差しで皇帝を見つめた。
彼はかつて「血の皇太子」と呼ばれ恐怖の対象だったが、今ではただ不機嫌そうに見えるだけだった。
「騎士たちもだいぶ疲れているようだな?」
「おっしゃる通りです。」
実際、騎士たちよりも馬の方が問題だった。
全力で走らせた馬たちの全身は汗でびっしょりで、荒い息を吐いていた。
再び出発するには十分に休ませる必要があった。
『ヨハネフ、この野郎。』
すべての原因であるヨハネフ3世を思い浮かべ、皇帝は再び歯ぎしりした。
以前から本当にしつこい悪縁だ。
一体どれだけ続くのか。
『キエルハンが護衛しているだと?』
それも気に食わなかった。
もちろん帝国最強の騎士が護衛についているので安全は保証されるだろうが、キエルハンと彼女が一緒にいるというだけで機嫌が一気に悪くなった。
「ここで一旦休憩を取りますか、陛下?」
ラエルは少し考えた後、答えた。
「いや、すぐに出発する。」
「え?でも……?」
アルモンドは困惑した表情を浮かべた。
しかしラエルは振り返らずに命令を下した。
「他の騎士たちは休む。私とお前、それからフンティル男爵、アヘルン卿、イベティル卿を含む少数で出発する。」
ラエルが挙げた名前は帝国最高の近衛騎士団の中でも最強の実力を持つ者たちだった。
彼らの馬はどれも精鋭中の精鋭であり、このような強行軍にも十分耐えられるだろう。
「……了解しました。」
アルモンドは反論できないと悟り、ただ頷いた。
どうせ目的地で彼らに会えるのに、ここまでしなければならないのかと思ったが、今のラエルには誰も口を挟むことはできなかった。
「出発だ!」
そうしてラエルは、焦がれるような想いを胸に彼女に会うため出発した。
一方、マリはラエルがどれだけ必死になっているかも知らず……彼女は、想像もできないほど快適な旅をしていた。
それはキエルハンが彼女の快適さを最優先に考え、最善を尽くしたおかげだった。
不便さを一切許容しないような徹底ぶりであった。
「椅子の具合は悪くありませんか?」
「食事はお口に合いますか?」
まるで病弱なひな鳥を心配するかのように世話を焼くキエルハンに、マリはどことなく落ち着かない表情を浮かべた。
「大丈夫です、閣下。そこまでお気遣いなさらなくても平気です。」
しかし、キエルハンは穏やかな笑みを浮かべるだけだった。
「私は大丈夫です。」
あたかも「これが私の楽しみです」とでも言うような表情だ。
彼の親切を断ることはできないと感じたマリは、仕方なくその厚意を受け入れるしかなかった。
少し気が引ける思いはあったが、体は確かに快適だった。
最高級の素材で作られた馬車、旅にぴったりの準備が整った快適な宿泊施設、そして道中で出される驚くほど美味しい食事。
それは道中で口にするにはあまりにも贅沢なものだった。
彼女にとって、これほど快適な移動は初めての経験だった。
首都まであとわずかという時、キエルハンが通り過ぎるように言葉を発した。
「おめでとうございます。」
「え?」
「もうすぐ国婚が執り行われるのですから。お祝い申し上げます。」
「あ……。」
マリは驚いた表情を浮かべた。
彼が彼女の結婚について直接言及するのは初めてだった。
『キエル様……。』
マリは彼が自分に向けて抱いている感情をよく知っていた。
キエルハンは依然として彼女を愛していた。
それゆえ、彼女はどう返事をすればいいのかわからなかった。
しかし、キエルハンは穏やかな眼差しで彼女を見つめながら続けた。
「主君の幸せをお祈りします。結婚、おめでとうございます。」
彼の眼差しに込められた心が切実だったため、マリは彼の真心を感じ取ることができた。
『私は本当にあなたを深く愛しています。だから、あなたには必ず幸せになってほしいのです。』
彼はあまりにも深く愛しているがゆえに、彼女を手放すことを決意した。
愛とは所有することではなく、共にいるだけでもない。
彼は遠く離れたところから彼女の幸せを祈り、祝福することにした。
『キエル様……』
マリはなぜか胸が詰まるような気持ちを覚えたが、感情を抑えて言葉を発した。
「ありがとうございます。私、必ず幸せになります。」
申し訳なさを表せばかえって彼に対して失礼に当たると思い、彼女は感謝の意を述べた。
キエルハンは感謝を示すように微笑み、軽い調子で言った。
「もし陛下がご機嫌斜めになるようなら、どうぞ私にお知らせください。」
マリは思わず笑った。
「それってどういう意味ですか?」
「私が代わりに怒らせて差し上げます。」
「それ、不敬ではありませんか?」
キエルハンは穏やかに笑みを浮かべて答えた。
「何とでもなりますよ。主君のためなら、そのくらいの不敬は許されます。」
彼の冗談に、マリは思わず笑みをこぼした。
『ありがとう、キエル様。』
キエルハンと初めて出会ったときのことを思い出した。
初対面から今に至るまで、彼はいつも彼女に惜しみなく尽くしてくれた。
彼がいたおかげで、彼女は辛い時間を何とか乗り越えることができた。
「キエル様。」
「はい、陛下。」
マリは真心を込めて言った。
「ありがとうございます。キエル様もこれから必ず幸せになってください。」
キエルハンは穏やかに微笑みを浮かべた。
「私は今も幸せです。」
そのとき、キエルハンの顔が少しだけ険しくなった。
「さて、この辺りでお別れのときが来たようです。」
「え?」
マリは疑わしそうな表情を浮かべた。
無意識に視線を向けた先で、彼女の瞳が大きく見開かれた。
そこには夢の中でも恋しかった彼が立っていた。
「……ラン。」
マリの声が震えた。
鼓動が激しく高鳴り、胸がまるで狂ったように跳ねた。
彼が彼女に向かって歩み寄り始めた。
初めはゆっくりとした足取りだったが、彼女の最初の反応を察知したのか、徐々にその速度を増していった。
距離が縮まるにつれ、マリの心臓の鼓動もさらに早まった。
そして、彼がすぐ目の前にたどり着くと、馬から降りて彼女と向き合った。
「……あ。」
マリは呆然と彼を見上げた。
どれほど彼のことを恋しく思っていたのだろう。
言葉に表すには難しいが、彼と対峙することで身体が硬直し、全く動くことができなかった。
『何してるの?しっかりして。』
彼女がようやく動き出そうとした瞬間、彼が先に動いた。
ぱっと!彼女を全身で抱きしめたのだ。
「……っ!」
突然の抱擁に驚き、一瞬動揺したものの、彼女は彼の馴染みある腕の中で目を閉じる。
どれだけこの瞬間を待ち望んでいたのだろうか。
この温もり、この安心感。力強く、そして暖かい彼の抱擁だった。
「……ついに会えた。」
彼の囁きから彼の愛情が伝わった。
ラエルはもう一度言葉を紡いだ。
「会いたかった。本当に。」
マリも応えた。
「はい、私もです。本当に会いたかった。」
こうして二人は感動的な再会を果たした。
ラエルは彼女を馬車に乗せると、今度は絶対に離れるつもりはないとばかりに彼女を抱きしめ続けた。
マリは彼がクローアン王国の北部まで行って戻ってきたという話を聞き、驚きの表情を浮かべた。
「それじゃあ、王国北部からここまで馬を走らせて来たんですか?」
マリは彼が信じられないほどの苦労をしてここまで来たことに気づき、口を開いた。
「どうせもうすぐ会えるなら、待っていればよかったのに。どうしてそんなことをしたんですか?」
ラエルは気まずそうな表情を浮かべながら答えた。
「どうせもうすぐ?」
彼は自分の腕の中に抱かれている彼女をそっと見つめ、軽く額にキスを落とした。
そして、柔らかく耳元で囁いた。
「どうしてもうすぐだなんて言えるんだ?僕がどれだけ君を恋しく思っていたかわかっているのか?僕にとっては、この時間は千年よりも長く感じられたんだ。」
そう言って彼は彼女の頬を撫でた。
「……ラン。」
彼女は一瞬戸惑いながらも、彼の深い眼差しに目を逸らすことができなかった。
そして、彼の近くに引き寄せられるままに唇を重ねた。
今までの離れた時間を埋め合わせるように、彼は情熱的に彼女を抱きしめた。
しかし、彼の激しさに少し圧倒されたマリは、何とか自分の意思で少し後ろに身を引いた。
けれども、彼の腕の中から完全に離れることはできず、再び優しく彼に引き寄せられた。
「ちょっと、ラン……少しだけ待って……。」
彼女は困惑しつつ彼の名前を呼びかけたが、ラエルの視線は変わることなく彼女に注がれていた。
彼女の心は混乱しながらも、彼から目を逸らすことができなかった。
「マリ、どうすればいい?」
「……はい?」
「君をこのまま僕の腕の中に留めておきたいんだが。」
マリは微笑みながら彼の胸元にさらに深くもたれかかった。
「私も……私もそう思います。」
二人は誰が先にというわけでもなく、再び唇を重ねた。
ラエルは何度目になるかわからない約束を心の中で再度固く誓った。
「もう絶対に君を離さない。」
彼は長い間彼女を待ち続けてきた。
ラエルは、自分の腕の中から彼女を決して離さないと心に決めた。
しかし、その決意もつかの間、永遠の首都に到着するとすぐに彼らを迎えたのは喧騒と騒ぎだった。
マリを探す人物たちが街中に溢れかえっていたのである。
同盟国クローアンの国王と、その国の皇太子妃候補である彼女と直接話をするために多くの人々が訪れていた。
彼女との親交を深めたいという高位貴族たちもまた多く、その熱意は際限がなかった。
「全員消えろ!」
ラエルはマリの周囲に群がる貴族たちを冷ややかな目で見ながら、それでもなんとか怒りを抑えていた。
アルモンドが気まずそうに提案した。
「いちごジュースでも一杯いかがですか?」
「……ああ。」
ラエルは仕方なくいちごジュースを飲み、気持ちを落ち着けようとした。
『そうだ、彼女は女王だ。この状況は仕方のないことだ。少しだけ我慢しよう。すべてが片付いたら、二度と彼女を離さない。』
誕生祝賀会が開かれるまでにはまだ時間がある。
その時になれば、さらに混乱が増すだろうと予想したラエルは、それまでに彼女を独り占めすることを決意した。
しかし、1日、2日……時間が過ぎても、彼女の公務は終わる気配がなかった。
実際、どうしようもない状況だった。
彼女はただの個人としてではなく、クローアンの女王として帝国を訪れていたためだ。
公式な親善活動、外交、政策に関する帝国大臣たちとの会議など、日々のスケジュールは詰め込みすぎており、会議だけで1日が終わってしまうこともあった。
夜には彼女を招いた高位貴族たちの集会に参加しなければならなかった。
『なんてこった。俺たちの時間は一体いつ取れるんだ?このままずっと公務だけして戻るつもりなのか?』
ラエルは内心で不満を呟いた。
「ラン、表情が良くありませんよ。」
彼女が彼の手を握ったままそっと言った。
2人は今、馬車に乗って帝国の大貴族スベン公爵の集会に向かう途中だった。
彼女の帝国訪問を歓迎して開催されたこの集会に参加しないわけにはいかなかった。
「……いや、問題ない。」
ラエルは口を尖らせながら答えた。
不満を漏らしたかったが、忙しいのは彼女のせいではなかった。
彼は内心でそのことを受け入れざるを得なかった。
『はあ。』
その時、彼女が彼の肩に頭を預けた。
「ねえ、知っていますか?私、今すごく幸せです。」
「……?」
「忙しいけど、それでもいつも一緒にいるじゃないですか。こうしてあなたと一緒にいられるなんて、まるで夢みたいです。」
ラエルはじっと彼女を見つめた。
マリも視線を上げて彼を見つめ返した。
互いの視線が絡み合い、徐々に距離が縮まっていった。
お互いの息遣いが感じられるほど近づいたとき、彼女が口を開いた。
「愛してます。」
その言葉を聞いた瞬間、ラエルは耐えられなかった。
彼の唇が彼女の唇をそのまま覆った。
マリも両手で彼の首元を引き寄せた。
「……ラン。」
彼女が震える声で彼の名前を呼んだ。ラエルは彼女の耳に唇を寄せながら言った。
「もっと呼んで。」
「……ラン。」
「もっと。」
「ラン。ラン。」
なぜだろう?ただ名前を呼ぶだけなのに、胸が締め付けられるような感覚がした。
ラエルは彼女の目元や頬にそっとキスを続けた。
その柔らかくも熱烈な行為に、彼女の体は新たな感覚に満たされた。
「ラン、それで十分です。」
それ以上の衝動を抑えきれずに彼女がそう言った。
すでに彼女の顔は真っ赤に染まっていた。
ラエルは彼女の愛らしい表情を見つめながら心の中で決断を固めた。
「足りない。まだだ。この集会をキャンセルしよう。」
「えっ?」
驚いて彼女が聞き返した。
「それはダメです。必ず出席しなければいけない集会なんです。」
「大丈夫。王の命令でキャンセルしてしまえばいい。」
マリは思わず笑いをこぼした。
彼が本当にそうするつもりではないと知っていた。
彼女は甘えるように彼の腕にしがみついた。
「言葉だけでもありがとう。私もこんな集会なんかじゃなくて、ランと一緒に過ごしたいんです。」
ラエルは少しむっとした表情を浮かべた。
『口先だけではなく本音なんだな。』
彼はそう感じたが、彼女がその心情を知らずに続けた。
「集会が始まったら、少し予定に余裕を作ってみますね。その時はランともっと時間を過ごします。」
結局、ラエルはどうしようもない様子で長く息を吐いた。
「約束して。」
「え?」
「誕辰集会が始まったら、必ず俺ともっと時間を過ごすと約束してくれ。」
マリは目をぱちぱちさせながら彼を見つめた。
ラエルはまるで絵画のような顔で、子供のような純粋な表情を浮かべていた。
『かわいい!』
鋼の仮面をかぶった「血の皇太子」と呼ばれた過去の彼からは想像もつかないほど愛らしい姿だった。
ラエルはその唇をわずかに動かして微笑んだ。
「どうして答えないの?まさか、それも約束できないなんて……」
その瞬間、マリが彼を抱きしめた。
彼があまりにも愛おしくて、我慢できなかった。
「はい、必ず約束します。愛してます、ラン。」
彼女が自分をぎゅっと抱きしめると、ラエルの表情が少し緩んだ。
彼は深いため息をつきながら、彼女の髪をそっと撫でた。
「約束を絶対守れよ。もし約束を破ったら怒るからな。しっかり覚えておけ。」
そう語る彼の瞳は、これまでとは違う優しい光で輝いていた。
マリは傷ついていなかった。
誕辰の宴が始まった後も、ラエルが忙しいことで何度も不満を感じているように見えた。
いや、彼が何か悪いことをしているわけではなく、マリ自身も彼と一緒にもっと時間を過ごしたかったのだ。
『このままでは本当に仕事ばかりして帰ることになりそう。』
それは彼女も嫌だ。
どうにかして彼ともっと時間を共有したいと思った。
マリは懸命に努力し、おかげで宴の始まる前に大部分の仕事を片付けることができた。
『よし、今度は彼と一緒に宴を楽しもう!』
彼と彼女が皇帝と王である以上、宴そのものを無視するわけにはいかないが、適度に顔を出すだけにして、できる限り彼との時間を持つことを心に決めていた。
しかし、結果的に言えば、彼女は宴の間もほとんど自由な時間を作れなかった。
何かといえば事件や事故が相次いで起きていたからだ。
「祝賀の演奏を担当するピアニストが急病で出られないって?」
席に座り、宴の開始を待っていたラエルは額を抑え、少し不満げな様子を見せた。
わずかな苛立ちが表情ににじみ出ていたが、彼はその感情を抑えた。
「申し訳ございません、陛下! 先ほど急に連絡が入り、代わりの演奏者を見つけることができませんでした。深くお詫び申し上げます。」
演奏者が急病で出られなくなったのは、どう考えても楽団の責任ではない。
ラエルと宮廷侍従のギルバート伯爵は困惑した表情を見せた。
「誕辰の宴の開始を祝う曲を演奏するピアニストがいないとはな。他に適任な演奏者はいないのか?」
「申し訳ございません。楽団内には代わりが務まるほどの腕前を持つピアニストがおりません。」
さらに、誕辰の宴の重要性を考慮し、外部から最高のピアニストを招待するよう手配していたが、突然このような事態になったのだ。
それほどまでに急な状況であれば、他の演奏者が代わることも難しい上、指揮者が楽団全体をまとめる責任を負っていた。
「うーむ、これは大変な事態だな。宴の開始を祝う曲を無視するわけにはいかないし……。」
全員が困惑しきっていたその時、突然の提案が場を救った。
「私が演奏しましょうか?」
「陛下?」
それはマリだった。
彼女は驚いた表情を浮かべた。
確かに彼女ならどんな難しい曲でも完璧に演奏できるだろう。
しかし、彼女は過去の侍女ではなくなった。
とても国王に向かってピアノを演奏するなどと頼むことはできない。
マリは「大丈夫です」と言うように軽く微笑みながら、彼を見つめた。
「一時的なものですし、大丈夫です。それに私はクローアンの王妃になる予定ですから、この王宮のことは私の役目でもあります。」
「それでも……。」
「私が演奏すれば、みんな喜ぶのではないですか?」
彼女のその言葉には力があった。
過去に彼女が披露した演奏を忘れられない人は多かった。
彼女の演奏で、人々が喜びに包まれるのは間違いない。
こうしてマリは祝賀の曲を演奏することになった。
聴衆の反応は熱狂的だった。
まるで誕辰の宴がピアノの独奏会に変わったかのような、盛大な拍手とアンコールが響き渡った。
「お疲れさまでした。」
演奏を終え戻ってきた彼女の手を、ラエルはしっかりと握った。
ラエルは彼女の耳元で囁くように言った。
「もう、君を離さない。」
マリは耳まで真っ赤に染まりながら、彼の視線を避けるようにうつむいた。
「……はい。」
こうして二人は適当な口実を見つけて宴会場を後にしようとしたが、二人の思い通りにはいかなかった。
突如、急患が発生したり、宴会の料理が傷んだり、庭が荒らされたり、さらには火事や暴動までもが起きるという、まるで壮大なコメディのような状況が繰り広げられた。
それはまるで、彼らが最初に出会った誕辰の宴会を思い出させるような光景だった。
そんな混乱の中、彼らは知らず知らずのうちにお互いの時間を奪われ、互いの助けを必要とする問題解決に追われる日々が続いた。
だが、この混乱の中でも一つだけ良い点があった。
それは、かつての侍女時代に彼女を知る人々との再会ができたことだった。
執事のバハンから始まり、かつての上司だった数人の侍女、友人のジェイン、庭師のハンス、そして厨房長のピーターまで。
再会できる機会がほとんどなかった彼らとの再会は、まさに思いがけない幸運だった。
かつて彼女と関わりのあった人々との再会は、何の隔たりもなくスムーズに行われた。
「陛下をお迎えします。」
彼女と再び顔を合わせた人々は、嬉しさを滲ませつつも緊張した表情を浮かべていた。
かつて彼女から助けを受けた人々ばかりだった。
庭師のハンスは、嵐で折れた木の枝を救った恩を忘れていなかったし、厨房長のピーターは、傷んだ牛肉を処分する際に助けてもらった出来事を鮮明に覚えていた。
友人のジェインも、倒れたところを助けられたことがあった。
他にも、彼女に助けを受けた人々は数え切れないほどいた。
「祝福があなたに降り注ぎますように。」
彼女は今や高貴な身分となったため、彼らは以前のように気軽に接することはできなくなった。
それでも、彼女を家族のように愛し、大切に思う気持ちは変わらず、真心から祝福を捧げていた。
そして彼ら以外にも、再会を果たした意外な人物がいた。
「え?」
宮殿の庭を歩いていたマリは、予想外の人物を見かけ、驚きの表情を浮かべた。
「陛下!」
最後に会ったときよりも背が伸びている青年。
彼は第十皇子、オスカーだった。
しかし、オスカーの反応はどこか意外なものだった。
すぐに駆け寄る様子がなく、何か思案しているかのようだった。
「何だろう?」
マリは首を傾げた。
もしかして聞こえていないのだろうかと思ったが、そうではなかった。
動揺したように背を向けたまま、地面を見つめている。
その姿は、まるで誰にも気づかれたくないと願っているかのようだった。
「どうして私を避けるの?」
実際、彼女がオスカーを探しに来たのはこれが初めてではなかった。
何度も会いに行こうとしたが、その度にオスカーは彼女を避けた。
「……陛下?」
マリは慎重に彼に近づいた。
しかし、そこでさらに驚くべき出来事が起きた。
オスカーが突然叫んだのだ。
「近づかないで!」
そしてオスカーは勢いよく前方に走り出した。
逃げていくオスカーを見つめながら、マリは驚きと困惑が入り混じった表情を浮かべた。
「どういうこと?」
オスカーは走り去る途中で石につまずき、転んでしまった。
「ゴツン」という音が響き渡る。
その音にマリは急いで彼のもとに駆け寄った。
「陛下、大丈夫ですか?そんなに急いで走るから……」
転んでできた傷を確認していたマリは、言葉を止めた。
オスカーが泣きそうになっているのを見てしまったからだ。
「陛下?」
マリは何かがあったのだと直感し、彼を落ち着かせようと試みた。
「何があったんですか?辛いことがありましたか?」
しかし、オスカーは唇を強く結び、ただうつむいて何も言わなかった。
「大丈夫ですから、私に話してみてください。」
ついにオスカーは口を開いた。
「結婚しないとダメ?」
「……え?」
「俺が君と結婚するって言ったじゃないか!俺は君と結婚するために待ってたのに、陛下が別の人と結婚するなんて……!」
そこまで話したオスカーの目から涙がこぼれた。
どうしてオスカーが自分を避けていたのか、その理由を理解したマリは戸惑いを隠せなかった。
『なんてこと……。以前言われた言葉、本気だったの?』
自分がオスカーの初恋の相手だったことを、マリは知らなかった。
彼女は、自分のせいで失恋(?)の痛みに苦しむ少年に、何と声をかければいいのか悩んだ。
しかし幸いなことに、オスカーはそれ以上涙を流すことはなかった。
赤くなった目を袖で拭いながら、彼はできる限り毅然とした声で言った。
「ごめんね。男なら、好きな女性の幸せを祈るべきだって言われたんだ。」
「……誰が言ったの?」
「キエル候。」
それはあまりにもキエル候らしい言葉だった。
オスカーは泣き顔を見せないようにと、地面を見つめながら言った。
「約束する。どんなことがあっても幸せになるから。」
マリは温かな表情で、そっと彼を励ました。
「ええ、約束します。必ず幸せになります。」
「本当に約束してよ。もし陛下が君を幸せにしてくれなかったら、僕のところに来て!わかった!?」
彼女はくすっと笑みを浮かべた後、オスカーの手を軽く握り返した。
「これ、何ですか?」
「約束を必ず守るという行動のようなものです。こうやって手のひらを合わせると、お互いに必ず約束を守るという意味になります。」
オスカーはマリの言うとおり、彼女の手のひらに自分の手を重ねた。
「私にも約束してください。絶対にしっかりと生きるって。」
「僕がどれだけ真面目か知ってるでしょ?心配しないで。ちゃんと生きるから。」
不器用にむきになるオスカーの姿があまりにも可愛らしくて、マリは思わずまた笑ってしまいそうになった。
『どうか祝福されますように、愛しい皇子さま。』
彼女は幼いオスカーの未来が幸せに満ちることを心から祈った。







